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秋田地方裁判所 昭和43年(ヲ)127号 決定

申立人 マグノリア・マリテイマ・エス・エー

相手方 トウヨウメンカ・インコーポレイテツド

主文

本件申立を棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(申立の趣旨)

一  秋田地方裁判所が同裁判所昭和四三年(ケ)第三〇号船舶競売申立事件について同年八月六日別紙〈省略〉目録記載の船舶に対してなした競売開始決定及び同裁判所同年(ヲ)第一二四号船舶監守保存申立事件について同日同船舶に対してなした監守保存決定をいずれも取り消す。

二  相手方の右競売申立及び船舶監守保存の申立をいずれも却下する。

三  申立費用は相手方の負担とする。

(申立人の主張の要旨)

一  別紙目録記載の船舶(本件船舶という)は旧船名を亜細亜(アセア)号といい、大韓民国法人化洋商船株式会社の所有であつたところ、昭和四三年三月九日アメリカ合衆国ニユーヨーク州法人ザ・ニツシヨウ・アメリカン・コーポレーシヨンに譲渡され、ついで同年七月二四日右ニツシヨウから申立人に譲渡され、同年八月五日船名がライジングサン号と変更されたものである。

二  相手方は、本件船舶が化洋商船の所有であつた昭和四一年一二月五日から昭和四三年二月一二日までの間に別紙債権目録記載のとおり一四回にわたり同船舶の燃料油その他各種油を化洋商船に売り渡し、その代金及び遅延損害金合計一、九一三万七、六〇五円の債権が同船舶の「航海継続の必要により生じた債権」(日本商法八四二条六号、大韓民国商法八六一条一項五号)であるとして、同船舶に対する先取特権を主張し、この先取特権に基づき昭和四三年八月六日秋田地方裁判所に同船舶に対する本件競売及び船舶監守保存の申立をなし、同日本件各決定を得た。

三  しかし、相手方主張の右売掛債権は本件船舶の「航海継続の必要により生じた債権」には当らない。すなわち、「航海継続の必要」というのは、「航海のために必要」というのとは異なり、一航海の途中その航海を継続するために必要なことを指すものであるが、右にいう「航海」とは、船籍港を発港してから船籍港に帰着するまでというように広く解すべきではなく、もつとせまく、積荷港又はそこへ行くための出発港から積荷の陸揚港まで、もしくは予定された発航港からつぎの到達港までを意味するものと解すべきであり、この意味における「航海」の途中において当該航海を継続するため船舶の修繕費、救助料に準ずべき特別の必要から生じた債権に限り先取特権を認めるのが相当である。先取特権には公示方法がないので、その成立要件を右のように制限して解釈しないと、他の船舶債権者の利益をいちじるしく害するおそれがある。しかるに相手方の本件売掛債権はいずれも航海を継続するためではなく、あらたな航海を始めるに際して発生した債権であり、しかも右述のごとき特別の必要から生じたものではないから、「航海のために必要な費用」には当るにしても、「航海継続の必要により生じた債権」とはいえない。

四  かりに本件先取特権が成立したとしても、別紙債権目録記載(一)ないし(九)の債権についての先取特権は発生後本件競売申立の時までに一年以上を経過したことにより消滅したものであり(日本商法八四七条一項)、本件競売開始決定はこれを看過して債権を過大に表示した違法がある。

また、同決定には、申立人を「債務者兼所有者」として表示しているが、申立人は本件の債務者ではないから、右決定は債務者の表示を誤つた点においても違法である。

(相手方の主張の要旨)

相手方が申立人に供給した本件油類は、本件船舶が船籍港である釜山を発航してから同船舶の燃料その他機械、器具、艤装の維持、使用、安全に必要なものとして供給し、これによつて同船舶が航海を継続したのであるから、その供給代金債権が「航海継続の必要により生じた債権」に当ることは明らかである。

相手方は、積荷港又は出発港から陸揚港まで、もしくは発航港からつぎの到達港までの航海の途中において生じた債権でなければ先取特権が成立しないと主張するけれども、航海の意義をそのように狭く解する根拠はなく、船舶が船籍港を発航して船籍港に帰着するまでのすべての航海をいうものと解すべきである。

(当裁判所の判断)

一  記録によれば、本件船舶はもと大韓民国法人化洋商船株式会社の所有であり、釜山を船籍港としていたところ、昭和四三年三月九日申立外法人ザ・ニツシヨウ・アメリカン・コーポレーシヨンに譲渡され、ついで、同年七月二四日申立人が右ニツシヨウからこれを譲り受けたこと、相手方は、本件船舶が右化洋商船の所有であつた昭和四一年一二月五日から昭和四三年二月一二日までの間に化洋商船に対し別紙債権目録記載のとおり一四回にわたり各種油を売り渡したこと、そして相手方は、その代金一、八〇二万四、五一〇円及びこれに対する昭和四三年八月四日までの遅延損害金一一一万三、〇九五円の合計一、九一三万七、六〇五円の債権につき本件船舶にいわゆる船舶先取特権を取得したとして、昭和四三年八月六日当裁判所に同船舶の競売及び監守保存の申立をし、同日本件競売開始決定及び監守保存決定を得たことが認められる。

二  ところで、先取特権は主たる債権担保のために法律によつて認められたものであるから、国際私法上それが物権として有効に成立するためには、主たる債権が債権そのものの準拠法により有効に成立することのほか、その債権の準拠法上先取特権が物権的効力を有するものとして認められ、かつ物権の準拠法たる目的物の所在地法においてもこれに物権的効力を付与していることが必要である。

(一)  まず、本件売買契約の成立及び効力については、その準拠法指定に関する当事者の意思が必ずしも明らかでないけれども、海事に関する法律行為については原則として当該船舶の旗国法による意思であると推定するのが相当であるから、前記売買当時の旗国法たる大韓民国法によつて右売買の成立及び効力を判断すると、相手方が化洋商船に対しその主張のとおりの売買代金債権を取得したことが明らかである。

(二)  つぎに、本件船舶に対する先取特権の成否について右債権の準拠法たる大韓民国法と物権の準拠法とを重畳的に適用することとなるが、船舶に関する物権についてはその旗国法をもつて準拠法とすべきものであるから、契約時の旗国法たる大韓民国法により相手方の先取特権の成否を判断する。

同国商法八六一条一項五号は、「航海継続の必要に因りて船長が船籍港外にてその権限に依り締結した契約に因る債権」を有する者は船舶等の海産に対して優先特権を取得する旨を定め、同条二項は、右優先特権の効力として、日本法上の先取特権と同じく、抵当権に関する規定に従い当該海産から優先弁済を受ける権利を認め、さらに、同法八六九条は、右優先特権が船舶所有権の移転により影響を受けないことを定めている。

そこで、右のような航海継続の必要によつて締結された契約による債権について海産に対する優先特権を認めた趣旨を考えてみると、船舶は航海の途中においてもその航海継続の必要上資金、物資又は労務の提供を受けなければならないが、これによつて生じた債権は総債権者の担保たる右船舶等海産の維持保存のために役立つたものであるから、その債権者が船主の陸産に対して執行することが実際上できないようなものについては、せめて海産に対する優先権を認めてこれを保護する必要があることを考慮したものであると解される。そして、船籍港はふつう船主所在の地であるため、船籍港において生じた債権者は船主の陸産に対して執行することが容易であるのに対し、船籍港外においては通常船主の陸産が存在せず、海産のみが債権の担保をなすものであることを考えると、前記の「航海継続の必要によつて締結した契約による債権」とは、船舶が船籍港を発航してから船籍港に帰着するまでの途中において航海継続の必要上締結した契約上の債権をいうものと解するのが相当であり、申立人主張のように航海の意義をある港よりある港にいたる特定の運送航海に限定したり、その債権を航海継続のための特別の必要から生じたものに限るというように厳格に解釈すべき理由はない。

これを本件についてみると、記録によれば、本件船舶は昭和四一年一一月二三日船籍港たる釜山を発航し、フイリピンや日本の港の間を航海したのち昭和四二年七月いつたん釜山に帰着し、同月六日再び発航して前同様フイリピン及び日本における貨物輸送に従事していたものであり、その間別紙債権目録記載の供給地において同目録記載のとおり船長が相手方から本件油類を買い入れたうえ、さらに航海を継続したこと(記録中にある呉敬変作成の陳述書には、右油類は船主が直接発注したものである旨の記載があるけれども、この種の取引は性質上現物売買であるのを通例とするから、現物授受の際に船主を代理する船長が契約を締結したものと認められる)、本件船舶は総トン数四、六〇〇トン余のデイーゼル機船で、主機、補機の作動その他船舶の航行、船員の生活等のすべてにわたつて各種油を必要とし、一日当りの燃料消費量は航海中九・五トン、荷役中六トン、碇泊中一・五トンであること、相手方の供給した油類はいずれも右の燃料等として使用されるものであることが認められ、さらに船舶の性質上航海に不要な物資を買い入れることは通常ありえないことを合わせ考えると、他に格別の反対資料がないかぎり、相手方の供給した本件油類はすべて右船舶の航海継続のために必要なものであつたと認めるべきである。そして大韓民国法上、船長が船籍港外において航海に必要な裁判上又は裁判外の一切の行為をなす権限を有することは同国商法七七三条一項の定めるところであるから、結局、相手方の本件売掛債権は、前記大韓民国商法八六一条一項五号の規定する「航海継続の必要に因りて船長が船籍港外にてその権限に依りて締結した契約に因る債権」に該当するものということができる。

以上により、相手方は本件船舶に対し競売申立権を含む大韓民国法上の優先特権を取得したものと認めるべきである。

(三)  ところで、記録によれば、本件船舶は前記油類の取引当時は大韓民国籍であつたが、本件競売申立時においてはパナマ共和国に所属していたことが認められる。したがつて、右競売申立の時における上記優先特権の内容効力は新旗国法たるパナマ共和国法によつて決定されることとなるので、この点についてさらに検討すると、同国商法一五〇七条八号は、「船舶の安全保持及びその必需品のための契約による債権」は船舶上の先取特権を構成し、船舶の売得金より支払われる旨を定め、また、同法一五二七条は、海事の先取特権を負担している船舶は適法な債権者の申立によつてその所在の港において差押え売却されうるものと定めている。そして、前記のところよりすれば、本件債権は右にいわゆる「船舶の必需品のための契約による債権」に当るものと解して妨げないから、相手方は同国法のものにおいても本件船舶に対して先取特権を有し、これに基づく競売申立をなしうるものというべきである。

よつて、相手方が本件船舶に対し先取特権を有しない旨の申立人の主張は採用することができない。

三  つぎに、申立人は、本件債権のうち別紙目録記載(一)ないし(九)についての先取特権は本件競売申立当時すでに消滅していたものであり、本件競売開始決定の債権額の表示は過大であると主張するが、同目録(一〇)ないし(一四)の先取特権が現存する以上、同決定を取り消すべき事由とはならない。

四  また、申立人は、本件競売開始決定の債務者の表示にも誤りがあると主張し、その表示に主張のごとき誤りがあることは明らかであるが、記録に照らすと明白な誤記というべきものであり、取消事由には当らない。

五  以上のとおりであつて、申立人の主張はすべて理由がない。

よつて、本件申立を棄却することとし、申立費用を申立人の負担として、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤繁 高升五十雄 鈴木正義)

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